これからの時代の働き方と職業・大学選びとは?小室淑恵さんが解説
2023.01.19
職業選びにおいて「どんな仕事をするか」は大切ですが、同じくらい「どんな働き方をするか」も重要です。変化の激しい時代に、企業の仕事内容や評価方法も変わっています。自分は何を軸に職業を選んだらいいのか、どんな働き方がしたいのか、お手本もなく、不安を抱える高校生も多いのではないでしょうか。
働き方改革推進の第一人者である株式会社ワーク・ライフバランス代表の小室淑恵さんに、これまでの働き方とこれからの働き方の違い、男性育休の重要性のほか、今の高校生のための職業選び・大学選びについて伺いました。
<プロフィール>
小室淑恵(こむろ・よしえ)
2006年に株式会社ワーク・ライフバランスを設立し、「働き方改革コンサルティング」を1,000社以上に提供。長時間労働体質で疲弊している企業の生産性向上をさせてきた。多種多様な価値観が受け入れられる社会を目指して邁進中。介護ヘルパー2級の資格を持ち、2児の母でもある。
昭和・平成の働き方と令和の働き方の違い
――令和の働き方は、これまでと比べてどう変わっているのでしょうか?
小室:今の高校生の皆さんの親世代までは「人口ボーナス期」で、労働力人口が増え続けることを前提としていた社会です。男性がとにかく長時間労働する均一な組織を作り、お客の期待に応えていました。労働力も余っていたし、力仕事も多かった。「女性は家庭、男性は仕事」という性別役割分業も、当時は理に適っていたんですよね。「男性・長時間労働・均一な組織」という3つの条件をそろえた企業が勝つ。そんな時代は確かにありました。
ところが、今は労働力人口が減り続ける「人口オーナス期」を迎えました。男女が共に社会の担い手になっていく必要があるし、多くの人が育児か介護か治療があって、仕事だけに時間を使えない。仕事をする時間は短くなっているのに、当の仕事はSDGsやグローバル化、コンプライアンスをクリアしていないといけないので非常に複雑化しています。
つまり、今の社会は、いかに短い時間で男女隔てなく、多様な人が多様な考えをぶつけ合って、化学反応を起こしながら今までにないような高付加価値な考え方を生み出すかがが重要になっているのです。
――やることが増えて、大変な時代に思えてしまいますが…。
小室:それが一見大変そうだけれど、とてもいい時代になっているんですよ。
高校生の皆さんは、これまで学校教育や部活動などで長時間耐える訓練をしてきたかもしれませんが、今の社会では耐えるどころか「おかしい」と思ったらすぐ「おかしい」と声を挙げて、やり方を変えることが求められている時代です。
男女共働きが必須になるとそれぞれやることが増えて、大変な社会になったように思うかもしれませんが、これまでのように仕事と家事・育児を分業していると、どちらも「自分の大変さはわからないでしょう?」と責め合ってしまう。高校生の皆さんのご家庭で起きる夫婦げんかの原因は、それかもしれません。
これからは夫婦二人とも仕事も家事も育児も行うので、一人で全責任を負わなきゃいけないプレッシャーからはかなり解放されます。それぞれの悩みについても同じ目線で相談できる。世代が変わるのでお手本はないけれど、互いに孤独ではなくなるのでつらくなくなると知ってもらえたらいいなと。
ワーク・ライフ・バランスとは?
――小室さんの会社名にもなっている「ワーク・ライフ・バランス」という言葉は、どのような意味なのですか。
小室:「バランス」というと、仕事(ワーク)と生活(ライフ)を天秤にかけるようなイメージを浮かべる方が多い。だから、どんな割合で大事にするか、釣り合いをとるかと考えがちなんですけど、実は「ワーク・ライフ・シナジー」のほうがしっくりきます。つまり、ワークとライフは相乗効果の関係性にあるんです。
――相乗効果といいますと?
小室:私生活の時間が取れると、多様なインプットを日々の仕事にもたらしてくれる。すると、仕事において新しいアイデアが生まれたり生産性が高まったりして、それがまた生活を豊かにするなど、好循環で回っていくんです。ワーク・ライフ・シナジーをいかに作るかが重要になってきますね。
ちなみに、私生活を豊かにするということは「楽しむ」だけではなく、休息をいかにとるかも重要な要素です。人間の集中力は、朝起きてから13時間しかもたないことがわかっています。また、6時間以上寝ないとストレスが解消されない。また、40、50代で6時間以下の睡眠を続けると、定年後に認知症になるリスクが1.3倍にもなるそうです。
――「ワーク」と休息を含む「ライフ」は別物ではなく、互いに作用し合い、それぞれを高めていくものなんですね。
小室:この人生100年時代においては、社会人時代より長い定年時代が待っています。人生の評価をするのは、会社ではなく家族や地域社会。現役時代から家族や地域社会にしっかり貢献することが大切です。現役時代の生活や睡眠は重要です。人間は動物である以上、若い頃には睡眠時間を削って働いて、定年後はその分休むということができませんからね。
若いうちにワーク・ライフ・シナジーをうまく回せるかどうかで、高付加価値型でサステナブルな働き方ができるかどうかが決まってくるんです。
――「人生の評価をするのは、会社ではなく家族や地域社会」。肝に銘じておきたい言葉ですね。
今、男性育休が必要な理由
――労働力人口が減って男女共に働く時代になったとのことですが、素朴な疑問として、この状況で男性が育児休業を取る余裕があるのでしょうか。そもそも、男性の育児休業はなぜ必要なのですか?
小室:産後女性の最も多い死因は自殺で、これは産後うつの悪化が原因です。産後うつは、産後にホルモンバランスが崩れることで起きるのですが、7時間睡眠がとれず、朝日を浴びたり散歩したりすることができないと、産後うつは悪化します。
解決策は、産後のつらい時期に、もう一人の親である夫が夜中の授乳を交代し、妻が7時間寝られる環境を作るしかない。妻と子供の命を救えるかどうかは、産後に夫が会社を休むことにかかっています。しかも、その時期は、国の給付金があるので、休んでいても給与の手取りの8割が保障されています。
――妻側の親がサポートするといったことでは不十分なんですか?
小室:出産直後の女性が一番求めているのは「感情の共有」。子供に対する不安や心配、かわいい、うれしいといったことを共感できる夫婦の信頼関係は向上します。しかし、現在は妻・夫が互いに抱く愛情は、子供が0歳のあいだに20%も開き、その差はずっと埋まらないというデータがあります。
――つまり、育児休業を取得しない夫は妻からの愛情を20%失ったまま、働き続けているということですか…。
■初出産後の夫婦の愛情の変化(2006~2009年縦断調査)
出典:ベネッセ次世代育成研究所「第一回妊娠出産子育て基本調査・フォローアップ調査」
小室:第一子が生まれたときには夫婦はどちらも育児の素人ですよね。でも、子供が生まれた瞬間から育児スキルはどんどん身についていくのに対し、そこで夫が育休を取っていっしょに育児をしなければ、男性の育児スキルはいつまでもゼロのまま。そのタイミングで育児スキルを上げないとどんどん家庭の中で戦力外になってしまうというわけです。
――今は男性が頼りになるかどうかは、育児休業取得できるかどうかにかかっているんですね。
小室:幸いなことに、今の若い男性の皆さんは育児に参画する気は満々で、新入社員男性の8割が育休を取りたいと考えています。2022年4月から、男性の育児休業は企業の側から積極的に打診していくことが義務化されていますので、男性が育休を取ることがますます当たり前になってくるでしょう。
仕事の評価は「時間あたり生産性」で
――昔は「24時間戦えます」というモーレツ社員がもてはやされました。今、企業における仕事の評価は、どのようになっているのですか?
小室:かつては「期間あたり生産性」の評価、つまり月末・年度末時点でどれだけの仕事量を積めたのかという“山の高さ競争”でした。それが今は、「時間あたり生産性」の高い人が評価されるようになっています。
特に管理職は、自分のチームメンバーが時間内で成果を出せるマネジメントをしているかを判断されます。最近、企業の経営層になるのは、自分のチーム内の心理的安全性(チーム内で自分の考えや気持ちを誰にでも安心して発言できる状態)を高め、なおかつ時間あたり生産性が高いマネジメントができる人です。
――時間あたりの生産性を高められるようにするには?
小室:こういった時間あたり生産性が高いマネジメントができるようになるために必要なのは、若いうちから「時間をかけて解決する」ことをやってはいけないということ。若いからといくらでも時間をかけていると、「いざとなれば残業して仕事を片付けよう」という癖がついてしまうからです。
実際に企業でコンサルティングをしていると、多くの若者が「成長したくて長時間労働」をしています。
例えば、ある損害保険会社でどうやっても早く帰らない若手社員がいました。なぜそんなに遅くまで残っているのか尋ねたら、「早く成長して認められて、海外転勤したいから」と。
ただ、彼が海外赴任できない理由を人事部に聞いたら、「英語のスコアが足りない」だけでした。つまり、彼がすべきことは残業せずに早く家に帰って英語の勉強をすることだったわけです。
長時間、とにかくがんばっている姿勢を見せれば、誰かが目をかけて偉くしてくれる時代はもう終わりました。あなたが時間内に仕事をきちんと終えて、自分に足りないものに向き合って、社外のコミュニティで切磋琢磨していかないと成長しません。
日本人が社会人になって学ばなくなるといわれるのは、長い時間職場にいる自分に自己満足して学びから逃げてしまうから。皆さんの世代は、この流れを断ち切っていくことを考えていただきたいです。
――それは、大学受験の勉強でも同じことがいえそうですね。
小室:かつて「四当五落」といって「4時間しか寝ないでがんばれば合格するが、5時間以上寝たら落ちる」などといわれていましたが、科学的根拠はありません。受験中もテスト期間中も、7時間は寝たほうがいい。睡眠不足による若年性うつも増えていますし、治療には時間を要してしまいます。
人間は朝起きて13時間しか集中力が持たないことは解明されているので、大人の長時間労働のように、高校生のうちから深夜まで塾で勉強するようなスタイルを続けないでくださいね。
これから社会を担う高校1、2年生へ伝えたいこと
――これからの働き方や生活は、何を正しいモデルにすればいいのでしょうか?
小室:高校生の皆さんには、育児と仕事を両立しているような家庭を、実際に自分の目で見に行っていただくのがいいと思います。先生や親に紹介してもらって、子供が生まれたばかりの家庭がどのように仕事や家事・育児を協力し両立させているのか、イメージをつかんでほしいなと。すると、「今どきのパパ・ママはこうなっているのか!」というイメージを確立した上で、職業選びや働き方の検討ができるようになるはずです。
それは、従来の正解をベースに生きてきた親世代と将来について語り合うとき、根拠のある最新情報を仕入れておいたほうがいいという意味でもあります。でも、親世代を否定する必要はありません。人口構造によって正解が変わるので、どちらも正しいのです。
――昔が間違っていたわけではなく、時代が変わるごとに別の正解があるというだけなんですね。それでは、ワーク・ライフ・バランスを踏まえたこれからの時代の職業選びは、どのようにしたらいいのですか?
小室:これから伸びるのは「社会課題を解決するビジネス」です。社会にまだ山ほど残っている課題の中で、自分はどれに最も憤りを覚えるか、どれを解決していきたいかを考えてみてください。その課題に少しでも関われる仕事は、やりがいを持って取り組めるからです。今の世代は社会に対して「これはおかしい!」という課題感を感じていますから、その価値観を軸に考えてみると良いですね。
――「これはおかしい!」と思うことの解決が、仕事になる時代なんですね。
小室:そうです。
――一方で、そこまではまだ考えられておらず、「やりたいことができて、働きやすい会社で働きたいな」と思っている高校生の方も多いのでは。
小室:自分が行きたい業界やなりたい職業を、何となく思い描いている人も多いと思います。でも実は、働き方は、同じ業界の中でも企業によって驚くほど違うんですよ。厚生労働省の「女性の活躍推進企業データベース」というサイトがあるんですが、企業ごとの平均残業時間も見られます。
女性の管理職比率を見れば、多様な人材が活躍できるための取組をどれくらい熱心にやっているかがわかります。女性管理職比率が2桁以上の企業にエントリーシートを出したほうが良いです。このように、各企業の実績を調べる手段があるので、調べてみて気になった企業名を「JOB-BIKI」で調べて、どんな大学から進学しているのかをチェックするといいと思います。
――ワーク・ライフ・バランスが実現できている企業は、大企業や有名企業ばかりになってしまうのではないのですか?
小室:いえ、大企業や有名企業が決して残業時間が少ないわけではないんですよ。地方の中小企業でもトップの意思決定次第で、キラッと光るようになったいい会社がたくさんあります。
新潟県のとある製造業の会社さんは、月平均残業時間がなんと1.1時間でした。1日あたり約3分です。従業員150名の製造業ですが、その残業時間でずっと増収増益な上、男性の育児休業の取得率は100%で、取得期間も平均1ヵ月です。こういった会社も見つけやすくなったので、ぜひその観点で探してみていただけたら。
――自分が理想とする働き方や生き方をよく考えた上で、それを実現できるベストな職業選びや大学選びができるようになるといいですよね。貴重なお話をありがとうございました。