国際交流体験を、教育の場にいかす
私の研究テーマの1つに、高等教育の国際交流・国際連携があります。なかでも関心があるのは各国の教育制度よりも、学生や教員の交流、そのための事業やプログラムといった連携のための枠組み作りです。日本の教育の評価方法や政策、教育理念にも、これからは国際的な視野が必要になります。そこを、どうしていくかが研究の大きなテーマなのです。
じつは、私が大学で最初に専攻したのは経済学です。高校時代からユネスコのような国際機関に興味があり、そうした方向に進むためには教育学部か政経学部かと迷った末、政経学部に進みました。国際活動に興味を持ったのは、カトリック系の中学校でマザーテレサのような人たちのビデオをたくさん見たせいかもしれません。
学生時代は「国連大学」や「東南アジア青年の船」、「日本国際学生協会」などの活動で世界の学生と交流し、価値観が大きく変わる素晴らしい体験をしました。一方で「国際交流で自分が変わったのはなぜだろう?」と、体験自体を客観的に分析してみたい気持ちに駆られ、アメリカで比較国際教育学を学び始めたのです。
アメリカの大学では、教育学に政治学や経済学の理論を当てはめて教育の国際化や政策を考えたり、データや調査を元に分析したりする手法を学び、卒業後は米国のシンクタンクや世界銀行で国際教育協力政策や途上国の教育政策の研究・立案などにも関わりました。
そうした経験から、教育を変えるには科学的なデータで社会を説得することも重要なんだと改めて思いました。そして、比較国際教育学をさらにステップアップして、国際政治学や国際経済学の理論を教育に当てはめて研究してみようと考えたのです。
教育で多様なアジアをつなぎ、平和で豊かなアジア共同体に
SDGsの教育のゴールには「質の高い教育をみんなに」と書かれています。同時に、SDG(持続可能な開発)の未来を担う人材育成も、教育の大事な役割です。そして、高等教育の国際交流は、国際性や知識を身に付けるだけではなく、SDGを担う人材を育むことにも大きく貢献しています。
ある研究で、5000人の日本人留学経験者に「留学は自分の意識にどんな影響を与えたか」を調べたところ、「文化の多様性」、「男女平等」、「平和」、「アジア人としての意識」などに大きな影響を与えたと分かりました。まさにSDGに求められる価値観が向上しているのです。
近年、アジアの大学も、さまざまな教育連携のしくみを作りはじめています。ひとことでアジアといっても、その実態は日中韓、東南アジア、ASEAN、アジア太平洋、環太平洋などさまざま地域の枠組みがあります。アジアは、各国の多様性と多層的な関係性をあわせ持つ地域なのです。そうしたなかで、学生たちが有意義な教育の交流を行えるように、目的に応じた枠組みやプログラム作りを進めているのです。私もここ数年、そうした取り組みに関わってきました。
たとえば、「キャンパス・アジア」は2010年に始まった日中韓3国の政府による学生の交流事業で、グローバルな人材の育成が目標です。早稲田では、日中韓の大学を中心に、アメリカなどの大学とも連携して教育のプログラムを作り交流をしています。留学先で受けた授業の評価や単位は、学生が所属する大学と互換性を持たせています。今年は早稲田大学も、北京大学、高麗大学と連携して「アジア型の紛争解決のための人材育成プログラム」を作りました。
日本政府も「ASEAN大学ネットワーク」や、東南アジア教育大臣機構による「AIMS」といった教育交流事業に資金を出して、日本の大学とアジアの大学の交流を進めています。こうした取り組みが、アジアを担い各国との架け橋となる“アジア市民”を育て、平和で豊かなアジア共同体を創る力になればと思います。
障害児と健常児が一緒に学ぶと成績が上がる!?
私のもう1つの研究テーマに「インクルーシブ教育」があります。インクルーシブ教育とは、「障害児を含めたすべての子どもに合った教育を普通学級で行うこと」です。私たちは“障害者”と一括りにしがちですが、あなたと友達のニーズがそれぞれ違うように、障害者のニーズも個々に違います。同様に、これからは国籍やジェンダーなどの違いも含めた“すべての人たち”のニーズに応えられる教育が求められてくるでしょう。
また、インクルーシブ教育は教育の質を向上させることも研究で明らかになっています。
たとえば、カンボジアでは、盲(もう)や聾(ろう)の子どもを健常児と一緒に教育しているNGOがあります。カンボジアは1日2部制の授業が多いので、聾や盲の子どもを午前か午後のどちらかで障害者の特別教育、どちらかで公立校の普通授業を受けるというやり方でインクルーシブ教育を実現しています。すると、まず、聾や盲の子どもは物理的に2倍の時間、勉強したため成績が普通の子より良くなりました。そして、一緒に授業を受けた健常児の成績も上がったんです。おそらく、障害を持つ子どもたちの頑張りに刺激も受けたでしょうし、彼らの成績に影響された部分もあると考えられます。
最近では、経営学の分野でも多様性のメリットが明らかになっています。国籍や障害、LGBT*といった性的多様性を持つ人たちが一緒に働く職場では、仕事の改革が大きく進み、利益も増えるという研究結果があります。多様性のある環境は競争力や改革も促進します。これは、教育においても同じなのです。
* LGBT :L=レズビアン(女性同性愛者)、G=ゲイ(男性同性愛者)、B=バイセクシュアル(両性愛者)、T=トランスジェンダー(心と体の性が一致しない人)。
世界全体がSDGsを“自分事”として動き始めた
研究の成果を、国際会議や政策決定の場に活かしていくことも私たちの大事な仕事です。私も、JICAや外務省と一緒に教育協力の政策づくりをはじめ、さまざまな事業に関わってきました。
たとえば、途上国では、政策に関わる基本情報が不足していることもあります。多くの途上国における教育研究は学校単位で行われるため、学校に行けていない非就学児童については正確な情報が不足しています。そこで、JICAの研究プロジェクトで障害児教育を調べたときには、非就学障害児の保護者を対象に、彼らが学校に行けない理由について、聞き取り調査を行いました。すると、学校に行かない理由として施設の問題が浮かび上がってきました。それまでは、「親が障害児を恥と考えて学校へ行かせない」といった言説があったのですが、実際には「教室が2階にある」、「交通手段がない」、さらには「治安が悪く女の子の通学は不安」といった話まで出てきたのです。
現場に行って調べた結果を提供することで、政策を動かすこともできるのです。
SDGsはすべての国に関わる目標ですから、それを達成するための枠組みや政策も整えなくてはなりません。日本が未達成の目標もたくさんあります。さっそく内閣府はSDGs推進本部を設置しました。文科省も専門委員会を作り、私も参加することになりました。世界全体がSDGsを“自分事”として動き始めたと感じます。私たちがやるべき事も多く非常に楽しみです。
視覚障害・聴覚障害の児童が共に学ぶ通常の小学校(カンボジア)
視覚障害の児童(最前列)が共に学ぶ通常の学校(マラウィ)
違いを乗り越えた共感は、大きな感動になる
国際的な課題に取り組むということは、文化も宗教も違う人たちと協働することで、困難や苦労はつきものです。しかし、それは同時にすごく楽しいことです。私が在籍するアジア太平洋研究科も70%が留学生です。当然、コミュニケーションや相互理解に苦労することもありますが、そこで互いに共感できたときの感動は本当に大きいんです。
最近の日本の若者は元気がないと言われます。早稲田の学生たちを見る限りそんなことはないと思いますが、もし、内向きの気持ちになっているなら、世界に目を向けてみてください。日本の社会だけではなく、留学でも国際交流でもいい、とにかく一歩、世界に足を踏み出してみてください。世界を含めて考えてみれば、まだまだ限りない可能性が、楽しい人生が必ず待っていると思います。