経済は、SDGs推進のために欠かせないエンジン
持続可能な開発には「環境」と「経済」と「社会」の3本の柱があります。
「環境」というのは人間の生活の根源になる部分で、人間は「社会」を構成する動物です。そして、地球から与えられた資源を活用しながら生活するとき、私たちはあらゆる形で価値の交換を行います。それが「経済」です。
しかし、生活のなかで恩恵は感じていても、空気のように具体的な価値を認識していないものもあります。また、世界にはさまざまな格差があり、貧しいがゆえに本来の能力を活かせずにいる人もいます。
このように、必ずしも認識されていないものの価値、活かせていない潜在能力をないがしろにすることは、人類にとって大きな損失です。そこで、それらを活用するために、それを交換できる「市場(マーケット)」や、その価値を金銭価値に変換し交換する金融のしくみを整えることが必要になります。たとえば、近年では、二酸化炭素などの温室効果ガスの「排出権」も市場で売買されています。
そして、SDGsのゴール17には、すべてのゴールを達成するための投資の促進や金融制度などの整備が挙げられています。経済や金融は、SDGsを推進するために欠かせない大事なエンジンと燃料になるのです。
経済成長で、途上国の格差をなくしたい
私の専門は環境経済学と開発経済学ですが、大学では理論経済学を専攻していました。世の中は経済で動いている、そのありさまを理論から見てみたいと考えてマクロ経済学やミクロ経済学を学ぶうちに、先進国の経済成長と途上国の経済成長はずいぶん違うことに気がつきました。とくに貧富の格差が大きい途上国では、経済成長によって貧しい人たちに権利や機会を与えられるのではないかと思ったのです。
卒業後は銀行に入り途上国の開発に関わるつもりでしたが、バブル崩壊で銀行は途上国から資金を引き上げてしまいました。そこでOECF(海外経済協力基金。現・国際協力機構(JICA))という政府機関に転職し、日本の政府開発援助(ODA)による途上国のインフラや社会制度の整備に携わるようになりました。
OECFで資源関係のプロジェクトに関わったりするうち、次第に“資源”が私のキーワードの1つになりました。駐在していたバングラディッシュは、とにかく環境が劣悪で、まず生活の基礎である環境を整える事が必要だということも実感し、さらに学びを進めるうちに資源と環境の密接な関係にも気づき、環境と資源を経済の視点から研究するようになったのです。
「環境」に市場価値をつけることで経済成長を促す
ゴール8における経済成長は、“包括的かつ持続可能”なものとされています。限られた資源のなかで経済成長を続けるためにはどうしたらいいのでしょうか。
そこで、注目しているのが「環境」です。私の研究テーマでもあるグリーン成長は「環境」を資源として再認識し、経済成長の源泉にしようというものです。
環境技術とその市場に注目が集まっていますが、環境の価値はそれだけではありません。今までのGDPの計算には環境という資源自体にほとんど価値を見ていません。そこで、環境自体に新たな市場価値や付加価値をつけて、経済成長の源泉にしようと考えているのです。
同時に、環境は人間活動の基盤ですから、すべての人が安価に安定して使えなければなりません。そこで重要になるのが「再配分」の問題です。これにも経済のツールが使えます。
たとえば、神奈川県では水源環境保全税が徴収されています。横浜市など神奈川県下の市町村の水源は神奈川県北西部の丹沢山地にありますので、丹沢の環境保全に対価をつけ税金として徴収しているのです。水源の環境保全のコストを全市民で負担することで、安価で安定したきれいな水の供給として再配分が行われるしくみです。
京都議定書で導入された排出権取引やクリーン開発メカニズムなども、環境に負荷を与える二酸化炭素排出量に経済価値を与えて市場を作った1つの事例です。こうした取り組みが、今後もさらに増えればいいなと思います。
新エネルギーも使われなければ意味がない
日本のエネルギーは約95%が海外からの輸入です。しかも、その多くは中東などからの輸入に依存しています。もし輸出国に紛争が起きたり、国家関係が悪くなったりすれば、われわれの生活にも影響が出るでしょう。エネルギーは経済や社会の根幹を担うものですから、安価に安定して入手できるようにしておく一方で、過剰に外部に頼らず日本国内である程度まかなえるようにすることも重要です。
また、開発途上国の中には、電力や燃料などのエネルギーにアクセスできていない人もまだまだたくさんいますので、これらの人が安価で信頼できる現代的なエネルギーを使えるようにする必要があります。一方、これらの国が発展していけばエネルギー需要もさらに増加します。
すべての人が安価で信頼できる現代的なエネルギーを使えるようにするには、再生可能エネルギーの利用をさらに拡大することも、技術による効率化や科学による新たなエネルギーの開発も必要です。そして、再生エネルギーや新しいエネルギーを普及させるためには、市場(マーケット)を作ることも大事です。
いくら良いエネルギーや技術を開発しても、それが有効に使われなければ社会は変わりません。新たなエネルギーや技術の価値を売り買いする場を作り、お金の流れを生み出すことは、経済がエネルギーの利用拡大にできることの1つです。
世界のエネルギー消費量の推移(地域別 一次エネルギー)とOECD諸国のエネルギー消費の割合
(『エネルギー白書2016』より)
(出典)BP「Statistical review of world energy 2015」
世界の太陽光発電の導入状況(『エネルギー白書2016』より)
(出典)IEA 「PVPS TRENDS 2015」
産業や技術革新を動かす資金を生み出す
産業や技術革新は、すなわち価値を生み出すことですから、経済に直結したテーマです。産業自体が根付いていないところでは、それを立ち上げることが必要ですし、日本のように産業が停滞している場合には新しい価値を見いだして産業を生み出す必要があります。
さらに、社会的な活動や経済的な活動を進めるには、まず社会基盤の整備が必要です。社会基盤とはインフラのこと。道路や鉄道、上下水道、病院や学校といったハードから、福祉や医療といった行政制度やサービスなどのソフトも含めた人間が生きていくための基盤です。
途上国などでは社会基盤自体の整備を進めるのが優先課題ですが、先進国でも既存のものよりさらに質のいい、長持ちする、災害にも強い基盤を再構築することは大切です。
また、お金を安全に安心に動かすことも社会基盤です。社会基盤を作ったり、それによって生まれる活動に必要な資金を生み出すのは金融の力です。とくに貧困層や途上国が利用しやすい小規模金融システムやクラウドファンディングのような新たな投資のしくみを生み出すことが必要となるでしょう。
SDGsの大きなパズルを解く広い視野を持って欲しい
SDGsは17のピースからなるパズルです。
私の授業でも実際にパズルをやってみます。学生たちが模造紙の上で関係のあるピースをつないでいくと、環境のテーマを並べる学生のピースと、貧困のテーマを並べるピースが、水や森のピースを介してつながったり、さらにエネルギーや経済のピースも……と、すべての問題が互いに関係し合っていることが実感できます。
また、どのテーマのピースを中心に据えるかで、まわりのピースの配置も変わります。これは、国の開発計画によってピースの並べ方が変わる事を示しています。
SDGsのパズルを解くためには少し離れて全体を眺めないと、ピースを並べるべき場所が見えてきません。そして、1つのピースを深く掘り下げる人も必要ですが、いろいろなピースを集めてうまくはめ込んでいく人も必要で、とくに若い人たちにはそこを担って欲しいと思っています。なぜなら、旧来の縦割りの学問体系ではなく、学際的な学びによって培われた広い視点が必要とされているからです。
SDGsは特定の学問領域だけでは達成できませんし、SDGsを達成できてもまだその先に達成すべき新たなゴールがあるかもしれません。いろいろなことに関心を持ち、考えることを常に心がけてください。
「開発」に関するキーワードをいろいろ書いてみる
SDGsのピースを並べてつなげてみる