持続可能な社会をはかる“新しいものさし”
SDGsは、持続可能な社会をつくるために17のゴールを設定しています。そして、それを達成するには、具体的な目標を定めて施策を進めなくてはなりません。では、目標の達成度はどうやって測るのでしょうか。
じつは、SDGsの達成度は、これまで国の豊かさを表すために使っていたGDP(国内総生産)では測れません。たとえば、総生産が増えて経済が発展しても、それとともに自然資源が減ったら持続可能性は低下するからです。
そこで、アメリカのノーベル賞経済学者ケネス・アローをはじめ22名の経済学者が研究して、新たな豊かさを表す考え方をつくりました。それが「新国富論」です。2012年の「国連持続可能な開発会議(リオ+20)」では、それをもとにした「新国富指標」が公表されました。これは、SDGsの達成度を測る新しいものさし=指標で、私もその指標作りに関わりました。
新国富指標は、国や都市の豊かさを「人口資本(道路、建物、機械)」、「人的資源(教育、健康)」、「自然資本(土地、漁業、気候、鉱物資源)」の3つを数値化した合計で表します。
たとえば、「海の環境を守る」のは当然ですね。しかし、どこまで守るべきかという議論は科学的なデータがないとできません。新国富論では、海の資源も経済価値に直して自然資本の1つとして計算します。もちろん、最大の努力をしても不確かな部分は残りますが、専門家と協力すれば魚の資源量をある程度、見積もることはできるのです。
たとえば、マグロ漁は禁止すべきだという世論と、そんなことは不要だという漁業者の対立も、新国富指標を使えば客観的に結論が出せます。このまま乱獲を続けてマグロが絶滅するよりは、一時的に禁漁してマグロの資源量を復活させてから漁を再開する方が持続性があると言えるのです。
「新国富」の考え方
環境経済に関する国際会議でも新国富が公表された
すぐれた技術だけでは、社会は動かない
私は現在、九州大学工学研究院で都市システム学を担当していますが、博士号はアメリカで経済学を専門にして取得しています。工学の知識は学生時代と教員になったプロジェクトを通して学びました。
大学で工学部に進んだのは、じつは英語と国語が苦手だったらからです。高校1年の時に消去法で理系コースを選び、なんとなく現実的な研究ができそうだと工学部に進みました。なかでも都市工学・環境工学・土木工学は現実問題に幅広く対応する分野です。そして入学後、改めて自分の進路を考えて“社会に役立つこと”を仕事にしようと思ったとき、社会でもっとも解決できていない問題を考えたら環境問題だったんです。ようやく自分の進むべき道が少し見えた気がして、技術と環境に関する本を読み漁りました。
当時は、ちょうど公共事業で大規模な下水道計画が進んでいました。広域の下水をパイプを張り巡らせて処理場に集め一括処理しようというのです。しかし、この方法は将来のパイプのメンテナンスまで考えるとコストが膨大にかかります。一方、小規模な合併浄化槽で下水を処理して川に流す安くて手軽な技術もありました。しかし、当時は技術が未熟で浄化効率が低いことが課題でした。私は、さまざまな下水処理技術とコストを調べ、最適な下水処理方法を卒業論文にまとめました。
しかし、いくら技術者が「これが最適な技術だ」と提示しても、実際には予算や政治など、さまざまな問題が絡みます。そこで初めて、社会を動かすためには経済学的な視点が必要なのだと気がつき、アメリカの環境経済学に特化した大学院に進み、環境と石油ガス産業の研究を始めたのです。
ちなみに、大学院で経済を学び始めたころは、大学で学んだ工学の知識は無駄だったとひどく後悔したのですが、社会に出たら「工学も分かるから」と信頼されることが多く驚きました。結果的に現在、工学研究院で都市、環境や交通分野の経済とシステムの分析を行っているのも、技術の知識があってこそだと今になって思います。
技術と経済の視点から、資源問題を考える
環境問題のなかでも気候変動は世界全体の問題です。しかも私が研究していた石油が要因です。そこで、CO2削減の状況などを調べてみると、産業界はそれなりに頑張っているのに市民側の評価は得られていませんでした。双方が納得できるやり方はないかと気候変動の経済分析にも取り組みました。
CO2の排出量削減に関して、製造業の方々は「これ以上減らすのは無理だ」と言うのですが、調べてみると中小企業の工場などでは電気使用量がきちんと工程ごとに管理されておらず、その工程プロセスを改善すればさらに電力半減などの効率化を図ることができると分かりました。また、CO2排出量は減らせなくても廃棄物なら減らせるし、廃棄コストも削減できるということも見えてきました。経済成長を続けながら地域にも貢献できる方法は、まだまだ考える余地があったのです。
2014年に発行されたIPCC*第5次評価報告書では、CO2排出権取引や環境税など政策に関するチームの代表執筆者として、各国の政策の効果を分析しとりまとめました。気候変動対策に消極的な国々を批判しないように、しかし責任の所在は明確にしながら国連の承認を取り付けなくてはなりません。
CO2排出量削減についても、気候変動対策の推進についても、スムーズな合意のためには、経済分析による科学的なデータが大きな役割を担うのです。
*IPCC:国連の気候変動に関する政府間パネル(Intergovernmental Panel on Climate Change)
車発電で地域を支える次世代の交通システム
交通システムの分野では、トヨタ自動車と次世代の自動車のスタイルについて共同研究をしています。現在、車社会はガソリン車が中心となっていますが、それをより環境負荷の少ない自動車にシフトしつつ、新たな車社会のかたちを提示していこうというわけです。
それには、既存の技術を見直すだけではなく、基礎研究に戻ってゼロから考えることも必要かもしれません。しかし、そこで突破口を開けば一気に劇的なコストダウンや技術革新が生まれるかもしれないと考えて、7年近く共同研究を続けています。
現在は、自動車単体の技術ではなく、たとえば自動車の燃料電池からエネルギーを取り出して電力事業にも使うなど、サービスや産業も含めて地域のエネルギーをいかに管理するかという総合的なシステムを考えています。それによって燃料電池が普及すれば、自動車業界も地域もほかの業界も潤うしくみになるかもしれないのです。
こうした研究も、まさに工学、環境、資源、経済の各分野をつないだ研究だと思います。
電気自動車や燃料電池自動車を地域の
エネルギーシステムに組み込む研究も進んでいる。
(株)富士研究所との共同研究による、日本の地域特性の比較や新国富指標による地域の資本価値を調べるサイト「EvaCva」。
求められるのは、とんがった専門性と浅く広い知識
SDGsのゴールはたくさんあります。まずは、興味を持った分野の本をいろいろと読むことです。そして、同時にほかの分野の本もとりあえず1冊ずつ読んでみてください。自分の関心分野とほかの分野とのつながりを知り、ほかの分野の人と話せる力をつけて欲しいからです。
自分の分野の話を、違う分野の人にきちんと説明できることは非常に大事です。たとえば、医療をやりたい人が災害のことを少し知っていたら、災害分野の人と緊急医療の話ができるかもしれません。私も経済と工学が分かるおかげで異分野の人と話をする機会が増えたと感じます。
これからは1つの分野に太く特化した人より、薄くても広い知識を持ち、細くてもグッと特化した専門性を持つ人が求められるようになります。環境分野だけに太く特化するよりは、環境や技術や法律の知識を薄く広く持ちながら排水処理だけは非常に詳しいといった具合です。広く興味のアンテナを張りつつ、自分のやりたいことを深めていって欲しいと思います。